一般社団法人を使った相続対策や資産管理では、個人が保有する不動産を法人へ移す場面が出てきます。ところが、この「不動産を移す」という行為そのものが、相応の税金と手続きを伴います。
将来の相続税を減らすつもりが、移転の段階で予想外の税負担が発生し、かえって損をする。この失敗は、移転コストを正確に把握しないまま進めてしまったときに起きます。不動産の移転は、相続対策の効果と、移転時のコストを天秤にかけて判断すべきものなのです。
本記事では、一般社団法人へ不動産を移す際に生じる税金と手続きを、実務目線で整理します。何にいくらかかり、どこに落とし穴があるのかを、一つずつ順に見ていきます。
不動産を移す3つの方法

個人から一般社団法人へ不動産を移す方法は、大きく三つあります。それぞれ税務上の扱いが異なります。
| 方法 | 内容 | 主な課税 |
|---|---|---|
| 売買(譲渡) | 法人が時価で個人から買い取る | 個人に譲渡所得税。法人に流通税 |
| 贈与 | 個人が無償で法人に渡す | 法人に受贈益課税・66条4項課税の可能性 |
| 現物出資 | 不動産を出資財産として法人に拠出する | みなし譲渡課税等。一般社団法人では設計に制約 |
実務で中心になるのは売買です。法人が時価で不動産を買い取る形にすれば、課税関係が明確で、後の税務リスクを抑えられます。無償や低額での移転は、受贈益課税や相続税法66条4項の適用といった問題を招きやすく、慎重な検討が必要です。
なお、売買には別の論点もあります。法人が時価で不動産を買い取るには、その代金を用意する必要があります。法人に自己資金がなければ、金融機関からの借入や、個人からの借入で資金を賄うことになります。個人が法人に貸し付ける形をとると、その貸付金が個人の財産(債権)として残るため、相続対策の観点では、この貸付金の扱いも併せて設計する必要があります。移転は、単に不動産を動かすだけでなく、その対価をどう手当てするかまで含めた設計だと理解しておくべきです。
移転時にかかる税金の全体像
不動産を一般社団法人へ移す際に生じる主な税金を、支払う側ごとに整理します。
| 税金 | 誰が負担するか | 内容 |
|---|---|---|
| 譲渡所得税・住民税 | 移す側(個人) | 売却益(譲渡益)に対して課税。含み益が大きいほど重い |
| 登録免許税 | 受け取る側(法人) | 所有権移転登記に課される。売買による移転は税率が高め |
| 不動産取得税 | 受け取る側(法人) | 法人が不動産を取得したことに対して課される |
| 消費税 | 移す側(個人が課税事業者の場合) | 建物部分の譲渡が対象。土地は非課税 |
| 印紙税 | 契約当事者 | 売買契約書に課される |
これらは移転の瞬間に発生します。相続対策の効果が現れるのは将来ですが、コストは今かかる。この時間差を理解しておくことが重要です。
この中で、負担が最も読みにくいのが譲渡所得税です。登録免許税や不動産取得税は評価額に対する一定率で計算でき、比較的見積もりやすいのに対し、譲渡所得税は取得費がいくらかによって大きく変わります。取得費が分かる不動産なら計算は容易ですが、取得費が不明な古い不動産では、売却額の5パーセントを取得費とみなす概算取得費が適用され、譲渡益がほぼ売却額全体になってしまうことがあります。移転コストを見積もる際は、この譲渡所得税がいくらになるかを最初に確認することが、判断の出発点になります。
最大の論点|みなし譲渡課税

不動産移転で最も注意すべきなのが、みなし譲渡課税です。
低額譲渡は「時価で売った」とみなされる
個人が法人へ、時価の2分の1未満といった著しく低い価額で不動産を譲渡した場合、実際の売買価額にかかわらず、時価で譲渡したものとみなして譲渡所得税が課されます。これがみなし譲渡課税です。
「身内の法人だから安く売ろう」という発想は、ここで通用しません。安く売っても、時価で売ったものとして課税されるため、手元に入る対価は少ないのに税金は時価基準でかかる、という最悪の事態を招きます。法人への譲渡は、原則として適正な時価で行うのが鉄則です。
では、時価はどう決めるのか。ここも慎重を要します。不動産の時価は、路線価や固定資産税評価額から機械的に決まるものではなく、実勢価格を反映した適正な価額である必要があります。恣意的に低く設定すれば低額譲渡とされ、逆に根拠なく高く設定すれば別の問題を招きます。重要な資産の移転では、不動産鑑定士による鑑定評価を取得し、客観的な時価の裏付けを用意しておくことが、後の税務調査への備えになります。時価の設定は、移転設計の出発点であり、最も慎重に扱うべき部分です。
含み益が大きいほど負担が重い
譲渡所得税は、売却額から取得費や譲渡費用を引いた譲渡益に課されます。長く保有し、値上がりした不動産や、減価償却が進んで簿価が下がった建物は、含み益が大きく、譲渡益も大きくなります。
先祖代々の土地や、バブル期以前に取得した不動産などは、取得費が著しく低いため、譲渡益がほぼ売却額全体に近くなることもあります。この場合、移転時の譲渡所得税は相当な負担になります。
借地権という見落としやすい論点
建物だけを法人に移し、土地は個人が保有したまま法人へ貸す、という設計はよく用いられます。ところが、ここに借地権の認定課税という落とし穴があります。
個人の土地に法人が建物を建てる、あるいは建物を所有して土地を使う場合、通常の取引では借地権という権利が生じ、その対価(権利金)が授受されます。権利金を支払わずに土地を使わせると、税務上、借地権相当額の利益が法人に移転したとみなされ、法人に受贈益課税が生じる可能性があります。
この借地権の認定課税は、金額が大きくなりやすいのが厄介な点です。都市部の土地では、借地権割合が6割から7割にのぼることも珍しくなく、土地の価値の大半が借地権相当額として認定される場合があります。それが受贈益として一度に課税されれば、対策のつもりが多額の税負担を生む結果になりかねません。土地と建物を分ける設計は、一見コストを抑えられそうに見えて、この論点を外すと逆効果になります。
これを避けるための実務が、土地の無償返還に関する届出書の提出です。将来、土地を無償で返還することを税務署に届け出ておくことで、借地権の認定課税を回避できます。あわせて、相当の地代または通常の地代を設定します。この手続きを失念すると、想定外の課税を招きます。土地と建物を分ける設計では、欠かさず押さえるべき論点です。
移転コストと相続対策効果を天秤にかける
ここまで見てきたとおり、不動産の移転には無視できないコストがかかります。だからこそ、移転によって得られる相続対策の効果と、移転時のコストを、あらかじめ比較しておく必要があります。
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| 得られる効果 | 不動産(およびその将来の値上がり)が相続財産から外れる/賃料収入を法人に移し所得を分散できる/世代を超えて資産を分割させずに保有できる |
| かかるコスト | 譲渡所得税(含み益に対して)/登録免許税・不動産取得税/消費税(建物)/移転後の法人の維持コスト |
判断の目安は、含み益の大きさ、保有を続ける期間、想定される相続の時期です。含み益が小さく、長期保有を前提とし、相続まで時間があるなら、移転コストを将来の効果が上回りやすくなります。逆に、含み益が非常に大きく、相続が近いなら、移転コストが効果を食いつぶすこともあります。
もう一つ考慮すべきは、その不動産が今後も値上がりするのか、値下がりするのかという見通しです。将来値上がりが見込まれる不動産を早めに法人へ移せば、値上がり分が個人の相続財産から外れ、効果が大きくなります。逆に、すでに価値のピークを過ぎ、今後は下落が見込まれる不動産をわざわざコストをかけて移すのは、合理性に乏しいこともあります。移転の判断は、その不動産の将来価値の見通しと切り離せません。
この見極めには、個別の試算が欠かせません。感覚で「相続対策になるから移そう」と進めるのは危険です。
賃貸物件を移すと何が変わるのか
不動産のなかでも、賃貸物件を法人に移す設計には、相続対策以外のメリットもあります。それは、賃料収入という所得を、個人から法人へ移せることです。
個人が賃貸物件を保有していると、その賃料収入は個人の不動産所得として、累進課税の対象になります。他の所得と合算され、高い税率が適用されがちです。この物件を法人に移せば、賃料収入は法人の収入となり、法人の税率が適用されます。さらに、役員報酬という形で家族に所得を分散することも可能になります。
つまり、賃貸物件の法人移転には、将来の相続税対策と、日々の所得税の分散という二つの効果があります。ただし、これも移転コストを上回る効果が見込めてこそです。物件の規模、賃料水準、含み益、保有期間を踏まえて、総合的に判断します。
数字でイメージする移転コスト
移転コストの感覚をつかむため、単純化した例で考えます。実際の税額は個別の状況で異なるため、あくまでイメージとしてご覧ください。
たとえば、取得費が不明または非常に低い土地建物を、時価1億円で法人に売却する場合を考えます。譲渡益がほぼ売却額に近くなるため、譲渡所得税・住民税は譲渡益の約2割(長期譲渡の場合)として、おおむね2千万円規模になり得ます。これに加えて、法人側で登録免許税と不動産取得税が、合わせて評価額に応じた数百万円規模で発生します。
この例では、移転の入口だけで数千万円のコストがかかる計算になります。将来の相続税の軽減効果が、このコストを上回るかどうか。これが判断の分かれ目です。含み益が大きい不動産ほど、この入口コストが重くのしかかるため、慎重な試算が求められます。
逆に言えば、取得費がはっきりしていて含み益が小さい不動産や、取得して間もない不動産であれば、譲渡益が小さく、移転時の譲渡所得税を抑えられます。同じ「不動産を移す」でも、その不動産の来歴によって、入口コストは大きく変わります。だからこそ、保有する不動産を一律に扱うのではなく、一棟ごとに移転コストと効果を評価することが欠かせないのです。
移転しない設計という選択肢
移転コストが重い場合、そもそも不動産を移さない設計も検討に値します。
| 選択肢 | 内容 | 向いているケース |
|---|---|---|
| これから取得する不動産を最初から法人名義にする方法 | 一つは、これから取得する不動産を最初から法人名義にする方法です。 既存不動産の移転コストを避けられます。 もう一つは、不動産は個人に残し、その管理業務だけを法人が受託する方法です。 所有権の移転が発生しないため、流通税やみなし譲渡課税が生じません。 | 既存不動産の移転コストを避けたい場合 |
| 不動産は個人に残し、その管理業務だけを法人が受託する方法 | 一つは、これから取得する不動産を最初から法人名義にする方法です。 既存不動産の移転コストを避けられます。 もう一つは、不動産は個人に残し、その管理業務だけを法人が受託する方法です。 所有権の移転が発生しないため、流通税やみなし譲渡課税が生じません。 | 流通税やみなし譲渡課税を避けたい場合 |
特に、含み益の大きい既存不動産を抱えているオーナーには、この「移さない」選択が有効なことが多くあります。すでに値上がりした不動産を移せば、移転時の譲渡所得税が重くのしかかります。それなら、既存物件は個人に残して管理会社的に法人が関与し、新規に取得する物件から法人名義にしていく。この段階的なアプローチのほうが、トータルの負担を抑えられる場合があります。どの不動産を、いつ、どの器で持つか。これは一棟ごとに考えるべき問題です。
「相続対策=不動産を法人に移す」と短絡せず、移転せずに目的を達せられないかを考えることも、賢明な選択です。移すことが目的ではなく、資産をどう次代に引き継ぐかが目的だからです。
手続きの流れ
実際に不動産を一般社団法人へ移す場合の、おおまかな流れです。
- 時価の把握:不動産鑑定や路線価等をもとに、適正な時価を確認する
- コストの試算:譲渡所得税、登録免許税、不動産取得税、消費税を事前に計算する
- スキームの確定:売買・贈与・現物出資のいずれか、土地建物を分けるかを決める
- 契約と届出:売買契約を締結し、土地建物を分ける場合は無償返還届出等を行う
- 移転登記:所有権移転登記を申請する
- 税務申告:譲渡した個人は譲渡所得の申告を行う
いずれの段階も、税理士・司法書士との連携が前提です。特に時価の設定とスキームの選択は、後の税務リスクを左右するため、専門家の関与が欠かせません。
不動産の移転は、一度実行すると後戻りが難しい手続きです。移転登記をして所有権が移り、譲渡所得の申告を済ませてしまえば、やり直しには再度のコストがかかります。だからこそ、実行の前に、税理士による試算と司法書士による手続きの確認を経て、全体の設計を固めておくことが重要です。準備に時間をかけることが、結果として最も確実で、コストの少ない進め方になります。
まとめ
- 不動産の移転には、譲渡所得税・登録免許税・不動産取得税・消費税といったコストが移転時に伴う
- 最大の注意点はみなし譲渡課税。時価より著しく低い価額で移しても、時価で売ったものとみなされる
- 含み益の大きい不動産ほど、移転時の譲渡所得税が重くなる
- 土地と建物を分ける設計では、借地権の認定課税を避ける無償返還の届出が要となる
- 移転コストと相続対策の効果を天秤にかけ、個別に試算したうえで判断する
- 移転せず、新規取得を法人名義にする・管理業務のみ委託するという代替の選択肢もある
一般社団法人への不動産移転は、相続対策の有力な手段になり得ます。しかし、それは移転コストを正確に把握し、効果がコストを上回ると見極めた場合に限られます。「法人に移せば相続対策になる」という言葉だけで動くと、目先の税負担で足元をすくわれます。移す前に、いくらかかるのかを試算する。この一手間が、対策の成否を分けます。
不動産は、金額が大きく、動かすたびに税金が発生する資産です。だからこそ、一度動かす前の設計が、何よりも重要になります。移すのか、移さないのか。移すなら、どの方法で、どの評価額で、どのタイミングで動かすのか。土地と建物を分けるのか。対価の資金をどう手当てするのか。これらを一つずつ詰めたうえで実行することが、後悔のない資産設計につながります。焦って動かす前に、まず全体像を試算する。これが、不動産を扱ううえでの鉄則です。

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